Archive for 1月, 2008

水素サイラトロン

佐賀県背振山の気象用レーダーに用いられていた電子管で、波長の短い電波であるマイクロウェーブを間欠的に出してレーダー用の電波とします。電波を間欠的に発生させる電子管をサイラトロンまたはパルス変調管と呼んでいます。

レーダーの電波は強力であれば遠方までとどき、間欠時間が短い程鮮明な像が得られます。真空管のサイラトロンは大電流が流せず強い電波を発生しにくいが、質量の小さい気体である水素をいれたサイラトロンは、酸化物陰極を破壊せずに大電流がとれ、消イオン時間が10マイクロ秒程度で他の気体を入れたときより短く、高い繰り返し周波数で動作します。

水素ガスをつかったパルス変調管である水素サイラトロンは、昭和16年(1941)マサチューセッツ工科大学(MIT)で研究に着手し、昭和26年半ば(1950)にセラミック管製品がアメリカで発表されました。国産化は昭和28年(1953)で、展示のToshiba-7390、JRC-J4116は昭和45年(1964)に発表されました。この昭和45年頃からサイリスタという半導体の応用したものが出はじめ、展示のような大きな管でなく、小さなブロックで済むようになり、加熱のためのヒーターも水素ガスも不要となり半導体全盛の時代を迎えました。

送信管 P250

JRC(日本無線)の5極管Pシリーズの一つで、この真空管2本をパラレルにして漁業無線の1KW送信機に使っていた。この1本を昭和46年頃、A3のリニアーアンプとして数年間使ってみた。

スイッチを入れるとヒーターがこうこうと輝き、運用中は暖房器具と同じである。スイッチを切るとヒーターが冷えピリンピリンと金属の収縮音が聞こえる。この真空管、はサプレッサーグリッド(G3)とプレート(P)が上に出た2本角の真空管で、サプレッサー変調でA2電波を出すのに最適である。

運用中、先方からのリポートに「ドスンと利いたハムがありますね」といわれたことがある。これはヒーターを交流点火していたためである。また、「スワンプ抵抗はいくらを入れているか」と問われて直ぐ返答出来なかったが、コントロールグリッド(G1)に入れるこの抵抗の重要さが後で分かった次第である。

データ
Ef 12V
Ef 8.5A
Ep 2000V
Cclass 600W
G3変調 250W

送信管 TW-512-B

両端型水冷管

全長 690mm
最大径 92mm
既設装置補給用
1940(昭和12年)頃の製品
フィラメントはタングステン
Ef 22.5V
If 23.5A
Ep 6kV
fmax 25MHz
Cpg 34PF
動作 Ep   6kV
   Pin  6KW
   Pout 3KW

電極間容量実測(H11.5.9)
Cpg 57pF     ’
Cgk 26pF
Cpk  9pF

【参照】
THE Radio Amateur’s Handbook, p.320~321, 昭和28年版

世界的な名機 R-388A

アメリカコリンズ社が特許を持つ軍用名「R-388A」、民生用名「51J-4」の国内版JRC-240Jで、JRC(日本無線)がコリンズの特許のもとに製造したもの。

500kHz~30.5MHzまでの30バンドで、全バンド1kHzを読み取ることが出来る。同調機構のメカニズムは、素人には手が出ない巧妙かつ精密さを持っている。

日本では防衛庁への納入が多いらしいが、この受信機は気象台で使用していたもので、廃棄処分されたものである。往年の名機もトランジスターやICの時代となり現役を退いてしまった。

大正14年代(1925)のラジオ

NHK東京放送局JOAKが放送を開始した時期に使われた受信機で、アメリカの大量生産ラジオ会社クロスレー社の廉価ラジオを模して作られている。使用している真空管は201A5本、パーツ(部品)は大正13年の製品で日本の当時としては高級品に属する。昭和59年(1984)に修復を完了したが、同一のパーツは無く代替品を使っている。

因に、日本の通信事業を概観すると、郵便通信は明治5年(1872)から郵便取扱所の整備が進められ、明治6年(1873)全国均一料金にもとずく政府専掌の事業として江戸時代の飛脚制度より再編された。電信事業は明治2年(1869)東京、横浜の公衆通信が設けられ、明治6年(1873)以降全国各地に電話局の設置が見られた。なお、明治18年(1885)の逓信省の設置で郵便局と電話局が合併されている。放送事業は大正9年(1920)アメリカで世界初のラジオ放送局が誕生し、日本では大正13年(1924)に後のNHKである東京放送局が誕生し、大正14年ラジオ放送が開始された。

注:真空管201Aは大正11年米国RCA社が発売